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    藜稲荷神社再建へのご挨拶

    • 2014.08.17 Sunday
    • 12:55

                                                                                                                                                                                                                                              宮司 宮澤克典
     

     日頃 神社運営につきましては皆様のご尽力に対し厚く御礼申し上げます。 平成二十五年三月より、先代・代田典義宮司に代わり、稲荷神社の宮司となりました、前橋八幡宮の宮澤でございます。
    今回、梅津氏を中心に藜稲荷神社の奉賛会を立ち上げるにあたりまして一言ご挨拶を申し上げます。

     戦後、宗教法人法ができました昭和二十八年、藜稲荷神社の氏子の先人達が宗教法人稲荷神社として運営を始めて以来、十月十五日の例祭、四季折々の祭を続けて参りましたが、近年本社自体も損傷がひどく、以前の総代さんも高齢化が進み、神社を知らない人は公園と見間違う人も増えてきたと聞き及んでおりました。地元文京町一丁目の人々も現状を憂え、御本社の再興をと寄付活動を起こしたのも数回と伺っております。

     またオウム事件以降、宗教法人行政も変化して参りまして新たな法人を建てる事は難しくなり、崇拝する建物、土地、氏子がいても新規の法人化は仲々許可されないという事を艦みましても昭和二十八年当時の総代さん達の先見の明と苦労がしのばれ、また有難い気持ちで一杯です。もし当時宗教法人化されていなければ、今回の再建の話も夢物語かもしれません。

     平成十七年 徳川時代以降守り続けてきた御神像が発見され、梅津氏が私費を投じ修復されてから前橋にけやきウォークが出来、文京町の変貌は始まりました。前橋の歴史は戦国時代迄は文京町、天川原が前橋の一大中心地であり、 武田、上杉の戦いでこの地は荒れ、中心地が県庁西に移ってきましたが、いまや便利さにおいては文京町が一番であり、中心地が戻ってきたといえましょう。私たちの知らない処で、藜稲荷神社の恩恵に預かっていたと思います。

     これから藜稲荷神社の御造営にあたり、奉賛会に御入会頂きますと共に、御造営資金の協賛を頂ければ幸甚にございます。江戸時代以降 藜稲荷神社様を守って頂いた文京町一丁目の皆様を始め「出世稲荷」の御神徳を崇敬される方も地域に関わらず御入会、御協賛いただきますようお願い申し上げます。                                     


     

    敬具

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